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神岡祭り

神岡祭りは、高山、古川と並んで飛騨で三大祭りの一つに数えられています。
高山祭りや古川祭りに見られる一目を引く山車を中心にした祭りではなく、およそ千人にもおよぶ豪華絢爛な大行列が見ものです。献幣祭に併せ獅子舞などが奉納されます。

年に一度、大津・白山・八幡宮各社の神様が里に出られ、町内を巡幸します。各氏子の家々からお神酒などが献供されます。

巡幸も終わり、各社にお戻りになろうとしますが、里が楽しく帰りたくありません。仕方なくお帰りの路につくのですが、千鳥足のせいか少し行ってはすぐ戻りと、いっこうに前へ進みません。しかし、鳥居をくぐれば決して後戻りはできません。

「高い山から谷底見れば瓜やなすびの花盛り」と唱和されながら、ゆっくりゆっくり松明明りの参道をやっとの思いで登り終え、最大の鳥居をくぐるやいなや一気に拝殿へ。

というストーリーをもつ神岡祭りは、なんと行っても神輿を中心とした環御行列。夕闇迫る頃、町内より高張提灯に灯りが灯され、行列は動き出します。行列の長さは700m。動員数約1000人。さながら時代絵巻を見る心地です。

大中小の神輿をかつぐのは、白丁姿の地元の若者です。飲めや詠えやでいっこうに前へ進みません。もみくちゃになりながらようやく参道を登りつめます。神輿は、最後の鳥居の前でしばしの休憩をとります。鋭気を養い、最後の瞬間を待ちます。

人々の熱気は最高潮に達し、神輿の前では獅子が鶏斗が舞い狂い、まだかまだかと様子を伺います。そして 幾分か過ぎた頃、提灯を手にした当番が、高らかに二度三度提灯を回します。その瞬間、周囲に緊迫した空気が流れ、神輿は立ち上がり、我を忘れて一気に拝殿へとなだれ込みます。

神楽の心地よい音色が境内に流れ、勇壮な太鼓の響きが聞こえ出す頃、人々は現実に返ります。

 

道の駅 スカイドーム神岡

ニュートリノ研究 スーパーカミオカンデの一部を、50分の1のレプリカとして展示しています。

また、スパーカミオカンデとオンラインで結んだモニターでは、実際の解析映像を見ることができます。

ビデオなどによりニュートリノ観測を模擬体験できます。

道の駅 スカイドーム神岡

洞雲寺(立ちだるま)

だるま堂で知られる洞雲寺。

その奥の院には、高さ16.5mという日本最大の立ちだるまがあります。

観音山の中腹にその見事な姿をあらわしています。

神岡城・郷土資料館

静かな山間に開かれた神岡の町をそっと見守るようにして立つ神岡城。
神岡城は戦国時代に、武田信玄の家来、山県三郎兵衛昌景が神岡城を宿舎にあてるとともに、飛騨、越中攻撃の拠点としたものです。

その後、戦乱の世が豊臣秀吉によって統一されると、金森長近が飛騨一帯を支配するようになり、神岡城には城主として、山田小十郎が居城するようになりました。しかし、元和元年(1615)幕府が発令した一国一城という新しい制度により、神岡城は閉城、破却。

現在の城は昭和45年に復元されたものですが、二層三階の天守閣は当初の城郭様式を伝え、壕や石塁なども、当時の遺構をそのままに再現しています。天守閣には、鎧・刀剣・馬具など実際に使用された武具が数多く展示され、一般に公開している。

鉱山資料館
奈良正倉院の校倉造りをイメージした建物の内部には、採取が始まった元禄時代の素朴な道具から、採取、選鉱、精錬、製品に至るまでの、一連の工程模型。そして、神岡鉱山の貴重な資料や珍しい品々がたくさん陳列されています。

藤波八丁

神岡の中心部にある藤波橋とその上流にある神岡大橋の間800mが藤波八丁。

清流高原川の浸食によって作り出された断崖絶壁は、春の新緑、初夏の藤の花、秋の紅葉、冬の雪景色と四季折々の美しい表情を見せる景勝地。

恐る恐る下を覗けば、川底に吸い込まれそうになるくらいの大迫力。
断崖上に奉られている八幡宮の名をとり、「八幡地獄」と呼ぶ人も。

遊歩道も完備されています。

小萱薬師堂

鎌倉時代末期に建立された岐阜県で最古の古刹。

古色蒼然とした中に凛とした風格を漂わせ、県の重要文化財に指定されています